No. 001 01期 大野 剛「千葉大学男子ラクロス部の誕生」

 

千葉大学男子ラクロス部の誕生    初代主将 大野剛

千葉大ラクロス部創設から25年。

 

今でも目を閉じると学生時代のラクロスへの熱い想いがよみがえります。

 

千葉大ラクロスを組織化することに全力投球した日々。

千葉大ラクロスは自分自身の大学生活4年間そのものでした。

 

皆さん、こんにちは。私は平成8年千葉大学卒業の大野です。

大学を卒業して地元へ帰郷、地方銀行に勤務しており、現在、高校生と中学生の2人の娘を持つ45歳です。

関係者の皆さま、創設25周年おめでとうございます。全くのゼロからスタートしたラクロス部が25年も続き、現在も現役世代が1部リーグで活躍する姿は大変嬉しく、誇りに感じています。

われわれ創設メンバーから始まり、多くのOB達のDNA「ラクロスへの魂」が脈々と繋がり、受け継がれていることに強い感動を覚えます。

 

今回、創設25周年という節目に筆をとらせて頂く貴重な機会を得ましたので、創設当時のことを私の進級年と重ねて回想していきます。

 

 

【大学4年間のトピックス】

平成4年(1992年) 大学1年  「千葉大ラクロス部創設」

平成5年(1993年) 大学2年  「チームの本格的始動」

平成6年(1994年) 大学3年  「関東学生連盟への正式加盟」

平成7年(1995年) 大学4年  「3部リーグでの戦い 入替え戦出場」

 

 

Ⅰ. 大学1年時 「千葉大ラクロス部創設」

 

私自身、雑誌等で「ラクロス」というスポーツの知識が既にあり、数年前からラクロス部を創設する大学が増加していた時期でした。確か、渋谷駅周辺でラクロス協会の普及イベントに出会い、「他の大学の選手も殆どが入学してから競技を開始している、誰でも日本代表になる可能性がある」など関係者の言葉に惹かれました。5月に日本代表の「国際親善試合」を観戦したことが決定打となって、我が千葉大でのラクロス部創設を決意したのです。早速、同じ学年であった佐藤カズ君、上田君、藤澤君、立石君、福田君を誘ってラクロスの防具一式を揃えました。これが「千葉大ラクロス部誕生」のきっかけです。しかし当時は、オーストラリア人留学生でラクロス経験のあるクレイグ氏から近くの公園でアドバイスを受け、腕立て、ダッシュなど基本動作が中心の正直、未だゆるい感じのスタートでした。

 

Ⅱ. 大学2年時 「チームの本格的始動」

 

この頃、徐々にチームらしく変化していきます。大きな要因は2つ。まず第一に淑徳大学/秋本君との出会いです。この出会いが千葉大ラクロスの歴史を大きく動かします。

同じ千葉市内の淑徳大学は先行してラクロス部が創設されており、同級生の秋本君に誘われ、経験豊富な上級生もいる淑徳大学の練習に参加させてもらいました。これを契機にラクロスというスポーツと本格的に向き合っていったのです。秋本君のその後の千葉大学との関わりは大学卒業後のヘッドコーチ就任等、この場では言い尽くせません。最近はなかなか顔を合わせられませんが、現在でも親友です。別のコラムで紹介があると思います。

そして第二に、新1年生の入部がチームとしての変化へ拍車をかけました。次世代の主将・飯嶋君はじめ6~7人の入部により、ラクロスのゲームが出来る様になりました。当時、新入生対象の全国地区合同合宿「フレシュマンキャンプ」に千葉大からは1、2年生全員が参加し、日本代表選手のコーチングなどを受け、徐々にステップアップしていきます。

 

Ⅲ. 大学3年時  「関東学生連盟への正式加盟」

 

3年目には更に新入生が7~8人入部することで遂に関東学生リーグへの参加を申請しました。しかし当時、部員数が揃っているだけでは簡単に学生リーグへ正式参加できず、「準加盟」団体として一年間、審査を受けることになりました。当時の正式加盟への審査基準は「ラクロス競技の普及活動」「学生連盟への関与状況」「チームとしての組織力」などと記憶しています。そのため、ラクロス協会が主催する様々な活動に自主的に全員が参加。審判免許資格なども私を含め多くの部員が取得したことを覚えています。並行して学生連盟幹部からのチーム練習視察や練習試合の開催など様々な審査を受け、都度一つ一つ皆の力でハードルを乗り越えていきました。当時も週4回程度の朝練習が主体でしたが、選手としての活動だけでなく、全員がラクロス協会、学生連盟のイベント協力や各種委員会出席などの活動を同時に担ってくれた成果もあり、無事、審査を通過し、正式に学生連盟へ加盟することができたのです。

組織化までの道程は、ゼロからのスタートであり想像以上に厳しかったため、正式加盟の連絡を受けた時はチーム全員が西千葉駅に集い、歓喜したことを覚えています。

現在は選手として日本代表も多数輩出、全日本選手権出場経験もある千葉大ですが、合わせて学生連盟委員長や日本代表マネージャー、代表通訳など多方面でも活躍する「礎」は、この準加盟時代の全員の活動だったのではないでしょうか。

個人的にも協会本部の広報部次長となり、当時部長の寺本香さんとラクロスマガジンの創刊を行ったことは印象深いです。また、国際親善試合で来日したNCAAディビジョン1のバックネル大学とのエキシビジョンマッチ(日本代表との試合前日のウォームアップ?)に、学生連盟選抜として千葉大から私を含め数人参加したことも良く覚えています。

 

Ⅳ. 大学4年時 「3部リーグでの戦い 入替え戦出場」

 

学生連盟へ正式加盟後は関西地区の大学と試合を行っていた「東西交流戦」や、「関東学生リーグ」に正式参加しました。いよいよ千葉大ラクロスの本当の意味での歴史がスタートです。他の大学との練習試合や夏合宿など数々の想い出があります。当時、多くの公式戦が行われていた葛西臨海球技場が我々の聖地でした。記念すべき公式戦初戦はこの聖地で白星を挙げることができました。3部リーグでの参加で勝利を重ね、最終的には2部との入れ替え戦へ出場できました。しかし、入れ替え戦で惜しくも敗れ、初出場での2部昇格は後輩達に夢を委ねることとなったのです。

今でも鮮明に記憶しているのは、入れ替え戦前に千葉大近くの銭湯に皆で行ったことです。みんな、覚えているかな?

 

「最後に」

千葉大の現在のユニフォームの基本カラーは創設当時とほぼ同様ですね。創設メンバーとして感慨深いです。NCAA強豪チームのネイビーラクロスのチームカラーを踏襲してデザインした記憶があります。

 

「 Lacrosse Makes Friends」の言葉の通り、様々な大学に友達ができたことも良い想い出です。当時は他大学のラクロスプレイヤーとのホームステイ、練習参加、イベント協力などがありました。今でもSNSでの繋がり、卒業後に思わぬ再会、ビジネス上での連携など様々な形で関係が継続している友人も数多くいます。

 

昔話をたくさんしましたが、現役世代の皆さんへOBそして社会人の先輩として一言申し上げます。

今の瞬間を一生懸命、全力で駆け抜けてください。学生時代の「全力」は本当に眩しいです。何かに本当に全身全霊を捧げることはきっとこれからの人生でも役に立ちます。やり切ることで、「ブレイクスルー=突破」した時の自信、達成感、充実感が社会人になっても全ての行動に繋がります。

そして仲間との出会い、信頼を大切にして下さい。きっと将来の財産になりますよ。

 

現役チームの今年のリーグ戦での大活躍、念願のFINAL4での勝利、そしてOB関係者の益々のご活躍を祈念しております。

 

Go ahead!

 

(追伸) 「おんせん県おおいた」へお越しの際は是非、声をかけて下さい。

「シンフロ」「湯~園地」で話題です。様々な観光、グルメをご案内させて頂きます。待っていますよ。

 

(平成29年6月 執筆)