#8 クリアリーダー MF 小栗悠佑

まずは特別大会で優勝という最高の結果で引退できたことで、20チームの1年間が間違っていなかった事が証明できて本当に良かったと思う。

今年はコロナの中リーグ戦が中止になり、思うようにラクロスができない1年ではあったが逆にラクロスと1人で向き合う時間が長かったようにも思う。

入れ替え戦が無くなりチームの目標とする『一部昇格』が無くなった時に、自分のラクロスをやっている理由についてしっかり考える時間をとった。
その時真っ先に思い浮かんだのは「周りのチームメイト」だった。

毎日欠かさず壁当てする奴、練習中から本気でラクロスを楽しんでいる奴、ウエイトでバキバキの体な奴、1人で毎日外部に行ってる奴、チームを全力で盛り上げてくれる奴、どうしたらもっといい練習になるのかを考え行動している奴。

4年になってやっとそんな同期や後輩たちが私の心の底にあるのだと気がついた。

私はのめり込むほどラクロスが好きな訳でも、どうしても上手くなって試合で活躍したいという欲がある訳でもない。

これを2年や3年の時に薄々は感じていたものの、チームメイトのラクロスに対する熱量を目の前で見せられ、欲のない自分を認めることも周りに言うこともできなかった。

今思えば、そんな自分が嫌いだったんだと思う。

4年になり「変わりたい」「クリアを完璧にしたい」と思って幹部に立候補した。
3年までの個人でラクロスを考える立場から、チームを考える立場になって少しずつポジティブに気持ちが変わっていった。

そして入れ替え戦が無くなった時に学年ミーティングで
「俺のモチベーションはラクロスが好きなことでも、試合で活躍したいことでもない。自分が点取るよりも、恭輔が点取った方が嬉しいと思う。」と正直に言った。

同期は向上心が無いと批判せずに、受け入れてくれた。

この時やっと自分の考え方に自信を持つことができるようになった。
自分のやり方でチームに貢献して、チームに必要とされるような選手になろう。

それからは自分の役割に没頭できたと思う。

ATがドライブを打てるようにピックにこだわり、ゾーンで脅威を出す為にバウンシューを練習し、DFが落としたボールをOFに繋ぐためにクリアの戦術を考えた。

4年の最後にして、自分のやりたいラクロスができて良かった。
そして優勝に貢献する事ができてよかった!駿を胴上げできて良かった。

そして私の原動力となるチームメイトに出会えて本当によかった。

悩んで、辛いことも多かった4年間だったけど、先輩方や後輩達も含めてこのチームでラクロスできて幸せでした。

来年以降はOBとして千葉大ラクロス部を応援しています。

MG 石原美歩

後ろから支えるだけでなく、時には正面からチームを引っ張っていくTS

なりたかった、憧れの姿。性格上、ただついていくよりもしっくりきたし、カッコいいと惹かれるところがあった。主体的に動いてチームを勝ちに導けたら、このチームにとって必要な存在になれたら、大学生活の4年間をラクロスに費やす価値があると思えた。でも、始めから自分の理想像なんてはっきりしていたわけではない。なんのために部活を続けているかわからなくなった時もあったし、目標を見失ってやる気をなくしたことだって何回もあった。1年生の頃から書き留めたラクロスノートには、プラスの感情だけではなくて、よくわからないけどなんかモヤモヤしたこととか、辛くてもう何も考えたくないっていう気持ちとか、今まで感じたことのない絶望感とか…。いろんな感情を経験した痕跡が残っている。
4年間を振り返るにはラクロスノートを見返すことが一番だと思うので、ターニングポイントとなった場面で、どんなことを考えてきたか当時の想いを辿りたいと思う。

チームへの関わり方
TSからも能動的にチームに関わっていく。思ったことはちゃんと伝える。今だから当たり前のようにやってることだけど、最初からできていたわけではなかった。「怒られたくない」が根底にあって、ただ言われたことだけをこなしていた時期もあった。しかし、このままじゃだめだと思ったのはサマーでの負けを経験してからだろう。いや、正確にはその後に学年mtgをしてからだろう。
======================
(ラクロスノートより)
‥‥mtgでやくわが「自分は全くリーダーらしいことができなかった」といって泣いていた。けど、なら私はそんなやくわに対してリーダーらしい行動を要求できたはずなのに、しなかった。考えもしなかった。TSの仕事でいっぱいいっぱいになっていた。私もチームのことを考えて行動できなかった。だからサマーで勝てなかったんだ。だから勝たせてあげられなかったんだ。‥‥
======================
このmtgを境に、変わろうと強く思った。必死にもがくプレイヤーと一緒に成長して、近くで支えてあげられるようなTSになりたいと思った。また、この時期から同期の中に感じたことをちゃんと言葉にして伝えてくれる人や、その言葉を素直に受け止められる人がいることに気付いた。そんな仲間と勝つために、もっとチームのことを考えて動こうと思った。「TSだから」と思って勝手に一歩引いていた自分を変えたいと思った。

私にしかできないこと
私が1年生だった頃、TSはMG、DS、TRの3部門に分かれていた。今も役割は決まっているけど、当時はその境目がもっとはっきりしていた。練習を回すのはMGの役目だった。当時も相変わらず人手が足りなかったが、今よりも部門がはっきり分かれていたため、練習運営のほとんどをMGが担う必要があった。フィールド上で動けるTSが極端に少なかったため、今よりもメニューを進めるのが難しい状況で、毎回キャパ越えしていた。練習を回すのに必死だったし、「やらなきゃ」という気持ちで動いていたので楽しさも感じられなくなっていった。いつものように練習中にボールを拾っているときに「これ、私じゃなくてもできるよね。私がMGやってる意味って何だろう」と、ふと考えてしまった。
そんなマインドで部活をしていても楽しくないし、MGというポジションに誇りが持てなかった。
そこで、何か自分にも専門性がほしいと考えるようになった。プレイヤーに還元できるような知識を身につけたかった。そんなとき、当時TSリーダーだったかめかなさんからルールブックを頂いた。毎年、ルールを理解する目的で、全員審判試験を受けていることを聞いた。これはチャンスだと思った。1年生のうちから正確な知識を身につけて審判資格を得られたら、MGとしての自分の価値を上げられると思った。
審判試験に合格して、他大学の練習試合や公式戦を吹きに行くようになると、他大のマネージャーとも仲良くなることができて、より一層ラクロスが面白く感じるようになった。同時に、同じ学年で2級に昇級している人達から刺激を受けて、私ももっと頑張らないと、と感じることが多くなった。
======================
(ラクロスノートより)
…私たちは1部の世界で戦っている。プレイヤーは1部で勝てるように練習しているんだから、私ももっとゲームライクな審判ができるようにスキルアップしないと。…

…上級審判の方と連絡先を交換してもらえた。これからわからないところはどんどん聞いて昇級目指す!…
======================
練習が被ってないときは審判派遣希望を出して、外部から知識や技術を学ぶようにした。残念ながら、学生のうちに2級になる目標は達成できなかったが、審判として活動の幅が広がったことで自信がついた。そして同時に、この分野では私がチームで1番責任を持って、頼られる存在になりたいと思うようになった。

入れ替え戦 2部降格
これまで辛いことがあっても耐えられたのは1部で戦っているというプライドがあったから。先輩たちの人数が少なくて、2年生の頃からリーグ戦に出ていたプレイヤーも多かった。フィールド上では学年なんて関係ないから、きっとものすごくキツかったと思うけど、それでも必死で上級生に食らいつくみんなを見てきた。2年生の頃からリーグ戦を経験している人が多い分、私たちが最高学年になった時は強いチームを作ることができる、上を目指せる、そう思ってたから頑張れた。
しかし、2019年の11月、入れ替え戦で2部に降格した。4年間で一番つらい経験だった。コイントスの前から、まだ負けと決まる前から、涙が出てきて止まらなかった。
======================
(ラクロスノートより)
…何もする気になれなかった。来年は2部か。2部で戦うために入部したわけじゃないのにな。今までの努力はなんだったのか。そんなことを考えるたびに涙が出た。負けたんだ。2部なんだ。
 学年mtg、早朝から部室で気持ちを語り合った。みんな後悔があるみたい。雄太郎、小栗の泣く姿がすごく辛くて見ていられなかった。2年生の頃、あんな辛い思いをしたみんなが2部なんて、かわいそうで仕方がなかった。…

…気持ちを切り替えることはまだできない。やる気が出るのを待っていたらいつまでたっても、前を向けそうにないから、とりあえず行動しよう。最高学年としてやらなきゃいけないことは1部でも2部でも変わらないし、2部になったことは変えようのない事実なんだから、やることやって気持ちが後からついてくる方法をとろう。…
======================
降格が決まってから数日間は本当に何もできなくて、ラクロスについて考えたくもなかったし、LINEや写真も見たくなかった。けど、新4年の私たちがしっかり前を向いて新たな方針を示さないと、後輩たちがどうしていいかわからなくなってしまうと思い、とにかく一歩踏み出さなきゃと思った。
以前、渉さんが紹介してくれた言葉、『情熱が行動を生み、行動が情熱を生む』。この状況を打破するには、まさにこの方法しかないと思った。現実を受けとめないと、と頭では理解していても、どうしても虚無感は消えないし、いくら考えたところで気持ちの整理はつかなかった。だから、考えるよりも行動し始めることにした。毎日ルーティンとなっていたことを最低限やり続けるにうちに、少しずつ前を向くことができるようになっていった。勝ちたいと再び思うことができるようになった。そして、「1部昇格」を何としても自分たちの代で果たしたい、果たさなければ、と思うようになった。

2020特別大会
 目標に掲げていた1部昇格も、新型コロナの影響でチャレンジすることすらできなくなってしまった。8月6日、JLAからの通達により正式に昇降格なしが決定した。
 もちろん入れ替え戦がなくなってしまったのはショックだった。しかし、東京オリンピックの延期が決定し、さらには夏の甲子園の中止が決まったタイミングで「もしかしたら、今年は公式戦ができないまま引退になるかもしれない」と思うようになった。最悪の事態を想定していたから、昇格する機会がなくなってしまったことに対して他の4年生よりも受けたダメージが小さかったのは事実だ。しかし、新しい目標を立てるにしても、プラスのモチベーションは湧いてこなかった。1部昇格ができないなら、目指せる中での頂点、「2部全勝」を新たな目標にするしかないと思った。でも、全くワクワクしなかった。心から目指したいと思える、何か新しい目標が必要だと思った。それは自分自身が部活に向き合うためというより、部員全員がまた1つの方向を向いて進みだすために必要だと思った。
 どうやって受け止めて、どう前を向くか、何を新しい目標にしたら良いか。同期でも、幹部でも何度も話し合った。でもきっと「こうしたらみんなが前を向ける、この目標なら1部昇格と同じくらいのテンションで目指すことができる」といった正解なんてなくて、1人ひとりが落としどころを見つけて気持ちを整理して、そして行動し続けていくしかないんじゃないかなと思った。すぐには「2部全勝」を新たな目標と思えなかったが、そもそもこだわっている「1部昇格」だって最初からワクワクする、心から目指したいと思える目標ではなかったことを思い出した。もし今年1部だったら、もっと高い目標を掲げてたはずで、でもそれが少しずつ、心の整理がつくことで本当に成し遂げたいと思える目標に変わっていった。だから、今回も時間が解決してくれると思った。またみんなで1つになって頑張れる日が来ると思った。
この時、比較的冷静な判断ができたのは、2部降格の経験があったからだと思う。今回も、あれこれ考えるより、まず1歩でも前に踏み出していくしかないと思った。ここで終わるわけにはいかないし、昇格することはできなくても、公式戦は実施される。正式な結果が残る。試合がある限り、最後まで全力で戦いきって終わりたい。早く再出発できたチームが勝つと思った。
======================
(ラクロスノートより)
…『全員が試合に向けて、やるべきことを全うし、準備し尽して、絶対勝てると思って試合に臨む、そして勝つ』。駿が経験してみたいと言っていた。たしかに去年、一昨年の試合前日は不安しかなくて、絶対勝てるって自信を持って試合に臨めた経験なんてなかった。この状態を私も味わってみたい。今はこれが1番ワクワクするビジョンかも。…
======================
今考えると、この時すぐに切り替えてみんなが前を向けたから、優勝することができたのだと思う。誰も経験したことのない状況下で、それでも進み続ける姿を示してくれた同期、夜遅くまで話を聞いてくれて一緒に考えてくれたコーチ、最後まで4年生と一緒に頑張りたいと言ってくれた後輩。このチームだったからコロナを乗り越えて、最後まで戦うことができたのだと思う。夜、雄太郎の家に集まって同期と話してそのまま徹夜したのも、今となっては良い思い出だ。

これから
例年と違う一年間を経験して、より一層周りの人の温かさや繋がりの大切さを実感した。2年生の頃から担当している広報では、定期通信や試合の結果を報告する度に多くの方々に応援してもらっていることを感した。学務の方や顧問の下永田先生も毎試合ライブ配信を見て応援してくれていた。あたりまえがなくなった時に人はそのかけがえのなさに気付くとは、よく言われることだが、まさに今年は多くの人の力を借りて、応援してもらって、支えてもらっていることに気付けた。私たちが4年間、部活に専念できたのも多くの人の支えがあったからだ。今後も応援してくださる方々を大事にして、そして何よりみんなから応援してもらえるようなチームであってほしい。
後輩たちへ。みんなはなぜラクロス部に入部しましたか。大学生活、多くの選択肢がある中で、なぜこの道を選んだのか。先輩がカッコよく見えたから?本気になれるものを見つけたかったから?ラクロスおもしろいって思ったから?普段は意識しないことだと思うけど、たまに思い返してみてほしい。そして、その理想像に自分は近づけているのか、考えてみてほしい。4年間って本当にあっという間に終わるから、特に最後の1年は今まで以上に一瞬で終わるから、ラクロスを選んだ自分を正しかったと思えるように、残りの時間を過ごしてね。

最後に、この4年間、関わってくれた全ての方々に感謝しています。一緒に過ごした時間やかけてくださった言葉、その全てが今の私を作っています。出会ってくれてありがとうございました。

4年間、本当にありがとうございました。

#9 副将 DF 石垣雄太郎

去年の⼊れ替え戦、俺は千葉⼤を 1 部から落としてしまった。
同点に追いつかれた5失点⽬、志野とのワンワン、俺が抑えれなかったから、いま千葉⼤は2部にいる。負けて悔しいっていう思いよりも、申し訳ないって思いの方が大きかった。

だから絶対に今年は、せめて⼀部にあげて、来年以降また千葉⼤が1部で戦えるようにって思って20チームに臨んだ。

チームが始動したときは、上に⽴ったのなんて初めてで、チーム全体の雰囲気とか成⻑度をみたりするのが全くできなくて、めちゃくちゃ焦った。そんなとき、誰だったか忘れたけど「全体が無理なら、 周囲の⼈からひとりずつ、ワンポイずつ⾒ていくといいよ」って教えてもらった。そうやって少しずつ、プレイヤーとしても、幹部としてもキャパを増やしていこうって思ってた。

そしたら、コロナ。
グランド使⽤禁⽌って⾔われた。そんな中でも、⼀部に上げるために絶対に倒さなければいけない相⼿はグランドを使えてるって聞いて、まためちゃくちゃ焦った。無理してでも練習しなきゃって思って、隠れてグランドとったりしようって思ったけど、 幹部にもコーチにも⽌められた。全体練はもうできないって思って、どうやっていくか話していたら、ラクロス協会から練習自粛の呼びかけがあった。これはチャンスだと思った。⾃粛期間は誰でもモチベーションの維持は難しいと思ったから、ここで頑張れば他⼤とグッと差をつけられると思ったから。個⼈技術・ 個人能⼒の向上しかやることなかったから、AllOutにもフォーカスしやすかった。この時は、とにかくAllOutを体現し続けること、それを周りに⾒せてその輪を広げていくことを意識してやっていた。そこからは、⼀⼈での基礎練から、グランド使用許可がでて、段々とラクロスができるようになっていった。シンプルにラクロスできて楽しいって気持ちと、そこから来る?雰囲気の緩さが気になって、ほんとに⼊れ替え戦勝てるのかって⼀⼈で勝⼿に⼼配になっていたりもした。

そんなこんなで、1部昇格に向かってひたすらAllOutしてきたのに、8 ⽉頭の主将会で昇降格なしの通知。
その2週間くらい前かゆうあさんも⾯談してくれていて、昇格なしってなってもなんとか続けられるように準備はしていたつもりでいた。でも、本当に昇格なしって⾔われたら受け⽌めきれなかった。意味がわからなかった。何で今年?って。今までやってきたことが意味なく感じられて、全部投げ出したかった。自主練したし、ミーティングにも参加はしたけど、態度は最悪。最悪な⾃覚はあったんですけどどうしても直せませんでした、あの時は本当にすみませんでした。
そうやってると、俺を⼼配してか⾒かねてかいろんな⼈が声をかけてくれた。「⼀緒にやりたい」とか「雄太郎が必要」とか、本当にうれしかったし、⾊々な⼈に⽀えられてラクロスができているんだって実感した。同期、コーチ、幹部の皆さん、あの時は本当にありがとうございました。

この昇格なしって通知で、俺の中でラクロスをやっている意味が変わったように思う。

今だから⾔えるんだろうけど、リーグ戦に出るようになった 2 年⽣の時からこの通知があるまでの期間、俺は千葉⼤のためにラクロスをやっていたような気がする。もちろん⾃分が上⼿くなるのは⾯⽩かったし、お世話になった先輩に成⻑した姿を⾒せたいという気持ちはあった。でも1番のモチベーション?は、チームで勝つ、千葉⼤を1部に残さなければいけないという思いだった。これはこれで毎回の練習を1秒も無駄にできないという思いや、毎試合の緊張感、リーグ戦で勝った時の思いは格別にすごかったし、毎年ワクワクして⾯⽩かった。⼀⽅で、この半年間は、練習や試合を通してもそれまでほどの緊張感はなく、純粋にラクロスの楽しさを感じ、20チームで少しでも⻑くラクロスをしたいという思いが⼤きく、ラクロスをしていたように思う。

客観的に⾒て俺はこの半年間どうだったんだろうか。少なくとも俺個⼈としてはラクロスの純粋な⾯⽩さはこの半年の⽅が感じれた気はしたが、チームの副将として、DFの要として求められていたパフォーマンスを発揮できていたのか。わからん。

「チームの歴史やOBOGの想いを背負ってラクロスをすること」と「⾃⾝の成⻑とラクロスを純粋に楽しむこと」のヌヌ。俺はこれができていなかったんだと思う。だから、みんなにはこのヌヌをできるように⼯夫してほしい。そして、俺らが⽬標にしていた1部昇格を達成してほしい。

最後に、皆さん、今まで本当にありがとうございました。

#12 DF 淺野雄太

もう引退から3週間も経った。
今でもたまにPVや試合の映像見ちゃうし、その度に本当に引退しちゃったのか、って寂しく思う。

なんだかんだずっと部活に所属してきた学生生活だったけど、この4年間は特別だったなって思う。
そんな特別な4年間の中で何を考えながらやってたのか、どんなことを思ってたのか、
それについてブログに残せたらと思って書き始めたけど、何度見直してもまとまりのない文章になってしまった。

自分の武器は何か。
これに即答できるなら今から書いてあることはそこまで参考にならないかもしれないけど、ちょっとでも悩んだ人がいるなら参考くらいにはなるかもしれません。

1年の頃、ほとんど迷わずロングになった。
OFと違って華やかでもないし、なんなら地味にも見えるかもしれないけど、そんなDFをやってる時は4年間通してずっと楽しかった。

そんな楽しさの一方で、周りの人達に対する劣等感に溢れた4年間でもあった。
周りを見ればオンボールが強い奴、オフボール技術に長けている奴、プッシュやチェックって強みがある奴、みんな何かしら武器を持っていた。
それぞれがそんな武器を活かせる活躍の場があり、こうした個性を羨ましくも思っていた。
でも自分自身に目を向けたときそんな武器はなくて、
俺はどこでチームに、DF組織に影響を与えられるのか、実は何もできないんじゃないかってずっと考えていた。

どうにも答えが出なくて相談もしたけど、結局これでいいんだって思えるものが見つかったのは最後のリーグ戦前になってからだった。
「誰よりも泥臭く闘志を出してプレーする」
強みと言えるのかわからない、こんな理想像をシーズン中に体現しようと思った。

試合中に技術が飛躍的に伸びることはないし、なんならミスって普段通りできないことの方が多い。
けど、DFやってて
クリース入ってきた奴を死ぬ気で潰そうってテンションあげる、
ライン飛び込んででもチェイス取ろうって走る、
ショット当たってでも止めてやろうって避けずにシュートコース入り続ける、
これくらいのことならどんなに調子悪い日だっていくらでもできるし、これをトイメン相手にずっとできれば相手のOF全体にプレッシャーだってかけられる。

なにより、この「泥臭さ」や「激しさ」を俺が出したいと思った。
俺がやることで味方の誰かの心を動かせると思ったし、自分のためだけじゃなくて、チームの誰かを巻き込めるくらい体現できるのなら、それは強みにもなると信じてやってた。

これを体現できていた時間も場面も、実際には限りなくゼロに近いのかもしれない。
ただ、どこかの試合での俺の必死さ、テンション、泥臭さ、そういう姿を見て少しでも「俺もやらなきゃ」って思ってくれた人がいたなら嬉しいし、やってた意味を感じられると思う。

下級生たちにはまだ時間が残ってる。何か1つでもチーム全体に影響を与えられるくらいやってみてほしい。
やる内容はきっと何でもいい。
前向きな声を出し続けることでも、ひたすら泥臭くやることでもいい。それがたとえ地味で目立たないものでもいい。
チームの誰よりもそれをやって、他のみんなを「勝利」へと動かせるなら、それはきっと大きな武器になります。
その先には俺にも気付けなかったものすごい強みが、さらなる成長のきっかけが、見つかるかもしれません。

自分の4年間で考えたこと、感じたことの一部が少しでもこの部に残ってくれたらと思い、長々と書かせてもらいました。

最後に、

この4年間本当に楽しかった。

普段からぼーっとしてることの方が多いし、感情めっちゃ表に出す訳でもないから、これはみんなに伝わってたのかな?笑

毎日の練習も、よくわからん飲み会も、練習後のビデオmtgも、最後の方しか行かなかった風呂も、全部が楽しかった。
最後の試合や法政戦が終わって、俺らの横で泣いてくれている後輩の姿を見て、このチームにいられてよかったと心から思いました。
これからこんなに楽しいことがあるのかって思うけど、渉さんの言葉を信じて、今後の人生でも楽しいことを見つけられたらいいなって思います。

これからもずっと応援しています。
頑張ってください。

素晴らしい4年間をありがとうございました。

強く

強くなりたい。

獨協戦が終わった後、すぐに思った。試合にもろくに出場できず、ただコイントスを見送るしかなかった自分が情けなかった。本当に情けないと思った。

後輩が点を取っている中、ベンチにいる自分。
同期がチームの軸として活躍している中、ベンチにいる自分。
先輩が厳しマークに合っている中、何もできない自分。

本音を言うと、チームの降格よりも自分の無力さに対しての失望、後悔が大きかった。 もうこんな思いはしたくないと思った。

上手くなりたい。

1年生の4月からずっと思っている。今まで、本当に心の底からラクロス楽しいと思ったことはおそらく無い。上手くなれば楽しい。勝つと楽しい。だから、ラクロスを楽しむために練習をしているのだと考えている。

自分ではコツコツ努力を積み重ねていると思っていた。

お前はよく自主練している。 前より上手くなったな。 練習通りやれば大丈夫。

色んな先輩からこんな声をかけていただいた。が、意味がないと思った。試合に出ても点は取れない。チームの勝因になれていない。結果として練習の成果が出ていない。 本当の努力ではなかったのだと思った。

結果が出るまで諦めずにあがいたのか?今以上にいい自主練がないかどうか探したのか? まだまだできると思った。 努力しているつもりだったんだなと感じた。

今年度、自分が先頭となって千葉大の努力水準を引き上げたいと考えている。 千葉大は「本当にこれでいいのか」「いや、あともうちょい頑張ろう」「もっと良くできないかな」と、能動的に考えて努力できる人が少ない。そしてその事に対してAllOutの姿勢で挑める人も少ない。これでは勝てない。楽しくなくなってしまう。

本当の楽しさは、日々AllOutの積み重ねの先に待っていると思う。そう安いものじゃないし、そうであって欲しくない。

相当大変なことだと思う。途中で折れてしまいそうになるかもしれない。 そうなったら全員で鼓舞し合い、挑んでいこう。そうやって成長したチームは絶対強い。

自分自身、本当の努力の先で強くなりたいと思う。そしてこのチームで勝ちたい。 自分が点を取って、本当に試合を楽しんで、入れ替え戦に勝って、みんなで肩組んで校歌を歌いたい。

全員で本当にAllOutし尽くして、一部昇格したらどんな気持ちなんだろう。 めちゃくちゃ楽しくて、嬉しいんだろうなあ。

26期 主将 #4 AT 佐藤駿