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こんにちは。
副将の石垣雄太郎です。

どんな副将でいたいかっていうのはキックオフの時にみんなに話したので、今回は僕の背番号について書いていこうと思います。

千葉大学男子ラクロス部には先輩から代々受け継がれてきた番号がいくつかあります。
僕の勝手なイメージも入っていますが、
5は「最強」
7は「エース」
16は「仕事人」
17は「オールラウンダー」
23は「ゴーリー」
33は「ヤリチン」

そして、
9。かっこいい。
ヒデさんの背番号で、ヤマダイさんの背番号で、その前は知らんけど、千葉大のエースロングの番号。

1年でロング持ってから、この番号に憧れていた。スタンドからもベンチからも見ていた。いるだけで点を取られるわけがないって思えた。安心感があった。
2年生になる前にヒデさんにこの番号をもらった。今年は俺が優亜さんも抜いて1枚目で出るって思ってた。でも、リーグ戦はほとんどベンチ。何もできなかった。
3年になってからやっとフルで試合に出れるようになった。でも結局、ゆうきさんのセーブに頼ったDFでいいとこなし。
全然ダメだった。

気づいたら4年。最後の年。
4よりラクロス好きになります。
7には負けません。
16より上手くなります。
9を体現します。

26期 副将 #9 DF 石垣雄太郎

「原動力」

酒を飲むかバイトをするか卒論をかくか。引退してからやる事と言ったらこのどれかです。(私事ではありますが、太らないようにビールは3杯までと決めています。4杯目を頼もうとしてたら止めてください)

今回ブログを書くにあたって4年間を振り返ってみると、改めてラクロス部での生活は刺激的だったなぁと感じております。この4年間、嬉しいことや楽しいことはもちろん、非常に悔しい思いや苦しいことも経験しました。部活を辞めたいと思った事も一度や二度ではありません。そんな中、辞めずに4年間頑張る事ができた自分の原動力はなんだったのか。恐らく人生で最後であろうブログはその事について書きたいと思います。(たつとみほに急かされて焦って書いてるので読みにくいところが多々あると思います。失礼いたします。)

高校までは野球一筋であった。大学でも野球部に入部するつもりで、タダ飯目当てで色々な部活やサークルに顔を出していてた。そんな中たまたま行ったラクロス部の新歓で心を奪われた。「なんだこのカッコいい集団は」と。僕はこの日が人生のターニングポイントだと思っている。

それまでは、普通の男であった。スポーツが好きで友達も多く、友人関係が壊れる事を恐れ、当たり障りのないコミュニケーションをとる事を重視し、自分の思いを素直に打ち明ける事はほとんどない、どこにでもいるような男だった。
 

それに対して、ラクロス部の先輩方は目が輝いていて、自分の思いを熱く、真っ直ぐにぶつける事ができる人たちだった。普通の男だった僕は、それがとても魅力的にみえた。お世話になっていた野球部の先輩に頭を下げ、ラクロス部の入部を決意した。

高校までは、「尊敬する人は?」という質問に対し、「イチロー」とありきたりに答えていた。大学に入り、真に尊敬する人・憧れの人が身近に大量に現れた(挙げ出したらキリがないので割愛)。ラクロス部の先輩方のような、魅力的な人間になりたいという思いが僕の4年間の原動力になった。部活を辞めたくなった時、「ここで辞めたら一生普通の男として過ごしていくことになる。それだけは嫌だ。」という思いだけで乗り切った。

先輩方の魅力がどこからきているのか探るべく、行動をよく共にした。上手くなりたいからというよりも、先輩がいるからという理由でシュー練に行っていたし、飲みや食事の席にもよくお邪魔した。ここで酒の飲み方、諸々の遊びを学んだ。こうして行動を多く共にする事であることに気がついた。魅力的な人はみな、自分に自信を持っている。

スポーツをやっている人はなぜか魅力的な人が多い。努力が必ずしも報われるとは限らない中で、ひたむきに努力をする。そして、それが結果として現れる。その時に自信が芽生え、周りから魅力的に見えるのではないか。

僕自身、そうなりたくてこの4年間過ごした。周りから尊敬されたい・憧れられたいという思いから努力をした。結果的にラクロスの技術も向上し、それを裏づけとした自信も芽生えた。大学に入るまではできなかった、自分の思いを真っ直ぐに人に伝えることもできるようになった。

かつての僕が先輩に対して抱いていた憧れの感情を、今の後輩たちが僕に抱いてくれているのなら、結果はどうであれこの4年間は僕にとって最高の4年間だったと胸を張って言える。高校生までは自分が嫌いだった。でも、今は自分で自分のことを好きと言える。そう思わせてくれたラクロス部という環境には感謝してもしきれない。

後輩のみんなにも、自分がどうありたいか、どうなりたいかということを意識してもらえたらなと思います。そこの軸さえしっかり決まっていれば、辛くなった時や逃げ出したくなった時に、ブレないで頑張り続ける事ができると信じています。僕は、来年もラクロスやるのか仕事に専念するのかどっちになるのか分からないけど、どちらにしても一生懸命、がむしゃらに努力します。そして、後輩のみんなにもっともっと憧れられるようなカッコいい大人になります。一緒に頑張りましょう。

一つだけ後輩のみんなに覚えていてほしいことは、物事が進んでいく中で優先順位を決めるのは難しくて、後から振り返ってどういう優先順位にしておくべきだったかと言うのは簡単ということ。つまり、後から「あの時、あぁしていればよかった」って言うのは誰でもできるってこと。どんな選択肢を選んでいたとしても必ず後悔するのだから、選んだ選択肢を100%の力で取り組んでください。毎日100%全力で過ごしている人は誰がみてもカッコよくて魅力的です。そういう人を共に目指していきましょう。

最後に、こんな社会人になりたいと思わせてくれたわたるさん・上野さん・松下さん・ゆうあさん。一緒にラクロスできて幸せでした。ありがとうございました。

そして、僕に人生の軸を与えてくれたラクロス部の先輩方、4年間苦楽を共にした同期のみんな、かわいいかわいい後輩たち。ありがとうございました。

25期 #7 AT 副将 伊藤輝飛

感謝

お久しぶりです。
引退ブログということで、お世話になった人たちへの言葉を書いていこうかなと思います。

まずは今シーズンお世話になったコーチの方々

仕事があり土日祝日くらいは休みたいのが普通なのに、休み返上で毎回練習に来て下さりありがとうございました。

個人の実力が他の一部の大学よりも決して高くはないこのチームでも、練習試合で勝ったり、リーグ戦で日体に勝つことができたりしたのもコーチの方々の指導や戦略があってこそだったと思います。

一年間ご指導いただきありがとうございました。

後輩DFたちへ

ゆうき、てるひとは違って俺が1番DFが上手いわけでもないし、途中でDFリーダーってポジションもなくなった俺でも見放さず、一緒に最後までプレーしてくれてありがとう。

最後の獨協戦はたぶん今までの試合の中で1番悔しい思いをした試合だったと思う。来年のリーグ戦でその思いを全力でぶつけてほしい。

今年主力で出ていたメンバーが多いぶん、来年のDFにはものすごく期待してるよ。二部なんか圧倒して絶対に一部復帰を果たしてくれ。

同期へ

最初はあんな人数がいたのに、サマー・ウィンター・あすなろって学年試合が終わるたびに退部者がでて、気付いたらこの8人になってたね。

それぞれのポジションに4年生はほぼ一人ずつで、後輩まとめたり厳しい声もかけなきゃいけなかったりで苦労したと思う。みんなが頑張ってるのは同期としてちゃんと分かってたし、それを見て俺も頑張んなきゃなって思った。

仲の悪い代って言われてたけど、キツイことや時には辞めたくなったこともあったけど、お前ら同期がいてくれたから乗り越えることができた。

降格させてしまった代なってしまったけど、それでも俺はみんなと一緒にいれた時間は本当に楽しくて最高の時間だった。同期がお前らで本当によかった。ありがとう。4年間お疲れ様。

他にもOBGの方々や学連役員の人たち、千葉大体育会の部活の人たちなど、お世話になった人はたくさんいますが、長くなってしまうのでこの辺にしておきます。

関わってくださった皆さんのおかげで熱い4年間を過ごせました。ありがとうございました。

25期 #5 DF 三浦清誉

ずっと怪我をしてきた4年間

引退して1ヶ月くらい経った今でもふと入れ替え戦のことが頭に蘇る

あの場面でこうしていればとか、てるひからのパスをちゃんとキャッチしてシュート打ってれば勝っていたんじゃないかと

いままでの人生で1番悔しかった

4年間振り返ってみると自分は怪我ばかりしてたなーと思う

OBさんが練習くるたびにずっと怪我してるじゃんとか言われて辛かった

自分は体に違和感とか感じていても我慢して全力でプレーしてしまう

今思うとバカだったなと思う

練習抜けると周りからいろいろ言われのが嫌だったし人数少ないから迷惑かけてしまう、幹部が考えてくれたメニューができなくなってしまうと思い練習に入ってた

けどそのせいで最終的に動けなくなり2ヶ月くらいまるまる練習に入れなくなってしまうことが多かった

やっぱり練習を長期で抜けると感覚が鈍るし周りとも差がつく

怪我が少なかったらもっと上手くなっていたかもしれない

自分の体の状態を理解してコントロールするのは大切だと思う

ゆうきやひろきさんを見てると自分の体のことについてよく貴也さんに相談してた

上手い人たちはラクロスだけじゃなくて自分の体のことも大事にして理解しているんだなと感じた

前に怪我明けで練習入ってる時貴也さんに
8割くらいでプレーする感覚も身につけろと言われた
周りに手抜いてるように思われたりするのが嫌だったら今日は8割くらいでプレーすると伝えろとも言われた

もしこういう感覚ないって人がいたらやってみたらいいと思う

8割くらいでプレーする感覚が身につけば試合中、体力的にきつい時コントロールできる

普段の練習で疲労がたまってたりどこか違和感あっても怪我のリスクを抑えて練習に入れる

8割くらいの力で相手抜いたりシュート入るようにするには普段とは違った工夫も必要になりプレーの幅も広がるんじゃないかと思う

メリットがたくさんあると思う

練習抜けるのが嫌で体に違和感とかあっても無理しすぎてしまっている上級生少なからずいると思う

怪我で長期練習を抜けてしまう前にこれをやってみてほしい

毎年千葉大で多いオーバーワークでの怪我人がすこしでも少なくなればいいなと思います

オーバーワークでの怪我は防げる怪我なので自分みたく後悔しないでほしい

最後に来年入れ替え戦応援しにいって勝つ瞬間を楽しみにしています。

応援しています。頑張ってください。

25期 #17 MF 小林遼平

変わろう、強くなろう

入替戦、コイントスによる敗北から約1ヶ月。
今回は今思うことを素直に書いてみようと思う。

まず、入替戦について。
負けてはいけない、絶対に勝たなければいけなかった一戦。
後輩達は本当に奮闘してくれたと思う。
はやと、ゆうきの得点は特に忘れない。厳しい戦いの中、本当に頑張ってくれたと思う。
DF陣も流れが悪くなってもなんとか耐え忍んでくれた。
四年が不甲斐なかった。それだけ。

「いつものプレーができなかった」
とか、そんなのはただの準備不足でしかない。
入替までの練習でどれだけ危機感を持って、試合の緊張感を再現できてたか、意識していたか。
それが足りなかった、それだけの話だと思う。
4年のプレッシャーとかはただの言い訳だ。

周りの人は気を遣って、
「コイントスはないよな」
「一部なんだから引き分けなら残留でしょ」
様々な優しい言葉をかけてくれた。

でも、そうじゃないと思う。
一部なら引き分けた時点で終わり。
あと1点取れなかった。あと1点守りきれなかった。

同点、引き分けになった時点でもう一部にいる価値はない。
運に任せなければいけないところに行ってしまった事、それ自体が負けである。

「俺が止める、俺が勝たせる」
口だけだった。

今シーズンを振り返る度に痛感する。
後悔しかない。
遡れば一年生、二年生の時からである。
「あの時もっとケアしてればケガしてなかったのに、そしたらもっとトレーニングできたかもしれない」

つい先日までそう思ってた。

けれど、先日
早稲田の主将である、青木俊太のブログを読んだ
覚悟が足りなかっただけだと思った。
アイツは痛み止めを飲んでも使命感のもと行動していた。

自分にはそれが足りなかった。
主将がこんなんだから負けたんだと思う。本当に申し訳ない。
あの時踏ん張ってシュー練してたら、もっと他大に足を運んでいろんなシュートを受けていたら。
あげたらキリがない。

引退してからここまで考えさせられるとは思ってもいなかった。
頑張ったつもりでいた。
それはつもりでしかなかった。結果が示している。

後輩達にはこんな思いをしてほしくない。
だから今言う。
ひろきさんが前から言ってたけど、努力を惜しむな
今日はこうだから、あぁだから休もう
そういう毎日はやめよう。

痛くてシュート打てないなら壁あてはできる。
投げるのキツいならキャッチはできる。
全く動けないならビデオ見て頭を鍛えられる。

そこを一歩頑張れ。
1人でできないなら2人でがんばれ、チームで頑張れ。
みんなが頑張るし、みんなが頑張らせる。
そういうチームが強い、結局そういうチームが勝つ。

今回の結果はそういう所だと感じた。
試合後のミーティング、飲み会で涙した奴はいっぱいいる。
果たしてそこまで頑張れてたのか。
もしかしたら、頑張れてなかった自分を恥じてるのかもしれない。
そしたら行動に移して、継続しよう。

千葉大は継続できる人が少ない。
その時の勢い、気持ちに流されてしまう。
そこもチームでカバーしあおう。
そして、当たり前の基準を引き上げよう。

早稲田は勝たなければいけない使命感を1人1人が感じているとあった。
それが正しいかわからない
けど、千葉大に足りないのはそこだと思う。
勝ちたいと思う人は多いと思うけど、勝ちたい、勝てたらいいなじゃダメだと思う。

確かにやりたいというポジティブなエネルギーを持つことはすごく大事だし
「活躍したい、シュート決めたいから頑張る」
は大事だけど

「勝たなければいけない」
くらいのメンタルを持ってる人がもっと居ていいと思う。
それこそ「双」だと思う。
そこから変わってくれればな
と思う。

次に
もっと野望を持ってほしい。
限界を決めないでほしい。

これは前から言ってるけど
俺はエースになれない、代表になれない、ユースになれない
そんな考え方は成長の妨げでしかない。

この4年間ずっと感じていた。

そう考えてる時点で
限界を決めてるし、その程度の努力しかできないと思う。
自分の限界を超えて、到達が困難そうなものを目指して、そこに努力することで人は成長できる。

だから、挑戦できる機会があるなら迷わず飛び込んでほしい。
そうすれば失敗したとしても
自分の現状では何が足りてなくて、何が通用するかわかって距離がわかる。
すると、練習が具体的になる。

そういうトライ&エラーを繰り返せる選手、チームになってほしい。

主将として何が残せたのか正直わからない。
他大のブログを読むたびに何も残せてないんじゃないかと感じる。

だからこそ、
これから自分の考え、技術を伝えて残していこうと思う。

引退してどの社会人チームに入っても
原点は千葉大学男子ラクロス部

強くなろう

25期 #23 G 主将 福島裕樹